8th ASAKUSA NEW YEAR ROCK FESTIVAL 1980-1981

浅草国際劇場

みんな不良少年だった。 SO WHAT!?

シャネルズ

高橋進(ベース)/出雲亮一(ギター)/山崎広明(ピアノ)/久保木博之(ボーカル)/桑野信義(トランペット)/佐藤善雄(ボーカル)/田代政(ボーカル)/鈴木雅之(ボーカル)/新保清孝(ドラムス)/須川泰男(ギター)

1980年、俺達にとって衝撃の年だった 1981年、人に何と言われようとも、メンバー10人、Doo-Wop 馬鹿で通してみせる 俺達が6年前、グループ結成の時に誓い合ったポリシーを一歩もまげずに……  浅草国際劇場、この小屋はどこかしらニューヨークにあるDoo-Wopのメッカ、アポロ・シアターに似ている 知らないどうしが隣り合っても肩を組んで8ビートに身をまかせることができる   今日、このステージで俺達は顔だけでなく心もまっ黒になって、ソウル魂を燃え尽くしてみせる

 1975年、夏。アスファルトの上をオートバイは、悲劇にも似た響きをあげて横転した。タイヤの回転は虚しく、そして静かに止まった。  友が死んだ。残された彼らは、その日以来、オートバイを捨てた。ある者はガソリンスタンドマンに、ある者はトラッカーに。そしてある者は父親の旋盤工場を手伝い始めた。京浜工業地帯、ベイ・エリアの不良少年たちは、どこにでもいるような気のいい、よく働く若者たちに変わっていった。友が死と引き替えに教えてくれたものは、測り知れないものだった。でも、そのまま青春のキラメキを失してしまうには彼らの魂は熱過ぎた。友が好きだったロックン・ロールを、仲間で供養としてやってみよう。友の命日がシャネルズの誕生の日となった。10人の仕事の合間をみて、週1回の練習。夜が白むまで、豆単片手にコースターズ、ダイアモンズ、シャナナ等の歌詞カードを翻訳したリーダー、鈴木雅之の努力は、そのまま、友へのたちがたい想いだった。いま新宿ルイードは思いっきり燃えている。シャネルズのため駆けつけた、素敵なヤツらでいっぱいだ。 「今夜はニューミュージックか?」「No!」「ロックか?」「No!」「Doo-Wopか!」「Yeah!」2月25日、シャネルズ、デビュー、‘ランナウェイ’